大阪・関西万博イタリア館を写真と動画で振り返る|夏パス最終日に入れた夢のような一日
大阪・関西万博が閉幕してから時間がたった今でも、写真や動画を見返すと、あの日の空気が急に戻ってきます。
大屋根リングの下を行き交う人たち。聞こえてくるさまざまな国の言葉。次はどのパビリオンへ行こうかと地図を見ながら歩き、スマートフォンを開いては予約枠を探した時間。
あれだけ世界中の人が同じ場所へ集まっていたことが、今となっては信じられないほど、夢のような期間でした。
そのなかで、どうしても一度は入りたかったのがイタリア館です。
事前抽選には何度申し込んでも外れました。アプリを何度も開き、事前予約や当日予約の空きがないかを確認する。当時は必死でしたが、今思えば、あの予約画面に一喜一憂した時間まで含めて万博の思い出です。
夏パスで入場できる最後の日に、念願だったイタリア館へ入ることができました。
それでも最後まで諦めず、夏パス最終日にようやく入館。
展示を見る前から、「最後の最後に間に合った」といううれしさがありました。
結論|イタリア館は「本物」を万博で見られた特別な場所だった
イタリア館が強く記憶に残った理由
- 古代から現代まで、異なる時代のイタリアを一度にたどれた
- 彫刻・絵画・手稿など、本物の作品を大阪で間近に見られた
- 映像、音楽、建築、庭園まで含めて一つの体験になっていた
- 抽選に外れ続けた末に入れたため、喜びも含めて忘れられない
- 閉幕後も木製飛行機などが別の場所で万博の記憶を引き継いでいる
イタリア館のテーマは「芸術は生命を再生する」。
館内には劇場、ポルティコ、広場、庭園が配置され、古代彫刻、ルネサンス美術、宗教画、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿、現代アート、工業技術、スポーツまで、異なる時代のイタリアが一つの流れとして展示されていました。
美術に詳しくなくても、作品の前に立つと、自然に足が止まります。
「これ、本物なんや」
そう感じる瞬間が、館内で何度もありました。
入館前から始まっていたイタリア館の体験
イタリア館の入口前で行われていた演奏。並んでいる来場者を、音楽でも楽しませてくれていました。
人気のイタリア館には多くの人が並んでいましたが、入口前では楽器の生演奏が行われていました。
暑さや人の多さで少し疲れていても、生の音が聞こえてくると、周囲の空気がふっと変わります。
立ち止まって演奏を見る人。スマートフォンを向ける人。音楽に合わせて体を揺らす人。
国籍も年齢も違う人たちが、同じ演奏を聞きながら入館を待っている。その光景も、万博らしい時間でした。
大画面の映像から、イタリアへの旅が始まる
入館後の劇場で上映されていた映像。大画面を通して、イタリアへの短い旅が始まります。
館内へ入ると、最初に案内されたのは大きな映像空間でした。
暗い劇場の壁いっぱいに広がるイタリアの自然や風景。万博会場にいながら、短い時間だけ別の国へ運ばれるような導入です。
映像が終わると、その先には、教科書や美術館の図録で見るような作品が待っていました。
過去だけでなく未来へ|ミラノ・コルティナ2026の聖火
最初に目を引いたのが、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック・パラリンピックの聖火トーチです。
青みを帯びて見えるものと、銅色に輝くもの。シンプルで細長い形が、近未来的な展示空間によく似合っていました。
古代やルネサンスの名作だけではなく、次の時代へ向かうスポーツやデザインまで同じ館内で紹介されている。
イタリア館が見せていたのは、過去の栄光だけではありませんでした。
イタリア館で出会った日本人|伊東マンショの肖像
金色の額縁に収められた、一人の若い男性の肖像画。
描かれているのは、天正遣欧使節の一員としてヨーロッパを訪れた伊東マンショです。
作品はドメニコ・ロブスティ、通称ティントレットによる《伊東マンショの肖像》。
イタリアのパビリオンで日本人の顔と出会うことで、何百年も前から日本とイタリアの間を人が行き来していたことが、急に身近に感じられました。
赤い台座に並ぶ白い心臓|現代アート《循環器系》
赤い台座の上に、白い心臓がいくつも並ぶ展示。
遠くから見ると同じように見えますが、近づくと血管の向きや表面の形が少しずつ違います。
古代の彫刻や宗教画の間に、生命そのものを思わせる現代アートが置かれている。
時代も表現方法も異なる作品が同じ空間に並ぶことで、「芸術は生命を再生する」というテーマが、少しずつ見えてきました。
イタリア館を象徴したファルネーゼ・アトラス
巨大な天球を肩と背中で支え、片膝をつくアトラス。
イタリア館を象徴する作品の一つが、《ファルネーゼ・アトラス》でした。
正面からは、天球の重さに耐える力強い身体と表情。横へ回ると、腕や脚、背中にかかる力がよりはっきりと見えてきます。
写真で知っている作品でも、実物の前に立つと、大きさだけではない存在感があります。
長い時間を越え、イタリアから大阪へ運ばれてきた。その事実も含めて、万博という場所の特別さを感じました。
ミケランジェロ《復活のキリスト》
十字架を持って立つ大理石のキリスト像。
ミケランジェロの《復活のキリスト》です。
正面だけでなく少し横から眺めると、腕や脚の筋肉、身体のねじれ、布の表現までよく分かります。
硬い大理石から、人の身体が浮かび上がってきたような存在感。
写真を通して見る白い像とは違い、実物の前では、作品が占める空間そのものに圧倒されました。
バチカン展示|カラヴァッジョ《キリストの埋葬》
暗い背景のなか、亡くなったキリストの身体を複数の人物が支える場面。
カラヴァッジョの《キリストの埋葬》です。
イタリア館内に設けられたバチカンパビリオンは、「美は希望をもたらす」をテーマに掲げていました。
光が当たる人物と、背景へ沈む暗闇。
美術に詳しくなくても、その場の悲しみや緊張が直感的に伝わってくるような作品でした。
訪問日が展示初日だった、ペルジーノ《正義の旗》
今回の写真を整理していて、特に驚いたのがこの作品です。
聖母子と天使、聖フランチェスコ、聖ベルナルディーノ、祈りをささげる人々が描かれた、ペルジーノの《正義の旗》。
現地の作品解説では1496年の作品と紹介されていました。
この作品がイタリア館で披露されたのは、訪問したのと同じ2025年8月31日。さらに、イタリア国外での公開はこの万博が初めてと発表されていました。
事前抽選に何度も外れ、最後に入れた夏パス最終日。
その日に展示が始まった作品を、公開初日に見ていた。
当時は知らずに撮った一枚でも、あとから背景を知ることで、思い出の意味が変わります。
レオナルド・ダ・ヴィンチのアトランティコ手稿
展示ケースのなかにあったのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの《アトランティコ手稿》に含まれる素描です。
紙の上には、建築物のような形、幾何学的な線、道具や機械を思わせる図、細かな文字が書き込まれていました。
完成した芸術作品を見るというより、天才の思考の途中をのぞき込むような感覚です。
芸術家、科学者、技術者としての考えが、一枚の紙のなかで同時に動いているように見えました。
ルネサンスだけではない|フェラーリの工業技術
イタリア館に展示されていたのは、絵画や彫刻だけではありません。
鮮やかな赤色のフェラーリ製ブレーキキャリパーと、カーボンセラミック製のブレーキディスク。
レオナルド・ダ・ヴィンチの機械的な素描を見たあとに、現代の高性能な工業製品を見る。
何百年という時間を隔てても、ものづくりへのこだわりは続いているように感じました。
イタリア館が示していた「アート」は、美術館にある作品だけではなかったのだと思います。
天井に展示されていた木製飛行機
展示空間で上を見上げると、木製の飛行機が天井から吊り下げられていました。
細い木材で組まれた翼と、内部が見える機体。
飛行機というより、巨大な工芸作品のようにも見えます。
これは、1920年のローマ―東京飛行に使用されたアンサルドSVA9を再現した実物大模型です。
万博閉幕後、この木製飛行機は関西国際空港のエアロプラザへ移され、万博レガシーの一つとして展示されています。
万博会場では天井を見上げていた飛行機を、今は関空で周囲からゆっくり眺められます。
屋上庭園へ出ると、万博の夜が広がっていた
展示を見終えたあと、屋上庭園へ出ました。
緑に囲まれた庭園の向こうには、大屋根リングと光をまとったパビリオン。空には月が浮かんでいました。
暗い館内で名作を見続けたあとに、外の風を感じる。
その切り替わりまで含めて、イタリア館の体験だったように思います。
口コミを振り返ると、高評価と長い待ち時間の両方があった
イタリア館は、会期中でも屈指の人気パビリオンでした。
当時の口コミや報道を振り返ると、「本物の作品を間近で見られて感動した」「万博で特に印象に残った」という声が多くある一方で、2時間、4時間、さらに長い待ち時間が発生した日もありました。
そのため、「何時間も待つには館内が短く感じた」「混雑で作品をゆっくり見にくかった」という率直な感想もあります。
どちらも間違いではないと思います。
ここは静かな美術館ではありません。大勢の来場者が行き交う万博会場です。すべての説明を読みながら、一つの作品の前で長時間立ち止まるのは難しい場面もありました。
それでも、イタリアから運ばれた作品を大阪で一度に見られたことは特別でした。
予約が取れるか分からない。当日枠が出るかも分からない。アプリを何度も開く。
その不確実さまで含めて、2025年の万博らしい体験だったのかもしれません。
万博は終わっても、あの日に見たものは残っている
大阪・関西万博には、世界中の人が集まっていました。
さまざまな言葉が飛び交い、パビリオンの前には長い列ができ、アプリを開けば予約枠を巡って一喜一憂する。
あの頃は、それが毎日のように続く風景に見えていました。
けれど万博が終わった今、同じ場所に同じ建物、同じ展示、同じ人たちが集まることはありません。
大屋根リングの下を歩きながら、次はどの国へ行こうかと考えていた時間。
知らない国の音楽が聞こえ、世界中の人と同じ列に並んでいた時間。
思い返すと、本当に現実だったのかと感じるほど、夢のような期間でした。
イタリア館で見た作品の多くは、それぞれの故郷へ帰っていきました。
木製飛行機のように、別の場所で万博の記憶を引き継いでいるものもあります。
すべての建物や展示を、そのまま残すことはできません。
それでも、あの場所で見たもの、聞いた音、並んだ時間、入館できたときのうれしさは、自分のなかに残ります。
それもまた、万博レガシーの一つなのだと思います。
何度抽選に外れても、最後まで諦めなかったイタリア館。
夏パス最終日の最後の最後に入れたことを、本当にうれしく思います。
おさらい|イタリア館で心に残ったこと
- 訪問日は夏パス最終日の2025年8月31日
- 事前抽選に外れ続けた末、最後に入れた喜びがあった
- 入口前の生演奏で、待ち時間もイタリア館の体験になった
- ファルネーゼ・アトラス、ミケランジェロ、カラヴァッジョなどの作品を間近で見られた
- ペルジーノ《正義の旗》は、訪問日が展示初日だった
- レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿からフェラーリまで、芸術と技術がつながっていた
- 木製飛行機は関空へ移され、万博レガシーとして受け継がれている
- 世界中の人が集まったあの期間は、今では夢のように感じる
記事内の展示情報について
作品名、パビリオンのテーマ、夏パスの利用期間、ペルジーノ《正義の旗》の公開日などは、万博公式、イタリア館公式、バチカンパビリオン公式、ウンブリア州公式発表などを確認して構成しています。待ち時間や満足度については、当時の報道・旅行口コミを参考にしつつ、本文では実際に訪れた体験を中心にまとめています。
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